元外資系女子のLovely Life Memorandum

2011年、現役外資系女子、引退。もう女子という年齢でもないけど女子力、忘れたくない。 英語は忘れてしまおう!と思ったのに再び英語の世界に…こんな私でも通訳案内士ですが…、なにか?

一番大切な音楽

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友達には「これは書かない方が良い」って
言われた。
でも、書きたい。書かずにはいられない。
だから、書こう。

私の一番大切な音楽…それはASKAさんの作る
音楽。

30年近く前、生まれて初めて「やりたい事と
できる事は違う」っていう挫折を味わった時に
見つけたCHAGE&ASKA

心にぽっかり空いた穴を埋めるためにライブに
行きまくった。同じライブなのに何十回見ても
全く飽きなかった。
私の心の穴はASKAさんの曲に埋めて貰ったと
言っていいと思う。

お陰で気持ちを切り替えられて倍率100倍と
言われた難関だった外資系企業に転職成功。
これも大好きな音楽が支えてくれたおかげ。

でも、外資系企業に入った途端、生活も変わり
すっかり落ち着いてしまった私はもう同じライブ
に何度も足を運ぶこともなくなって、1回か2回
程度、近場のライブ会場に行くくらいという
ライトなファンになってしまった。

まあ、ちょっと失恋して一時期、ASKAさんの
曲…いえいえ、音楽自体、聴けなくなっていた
という理由もあるのだけど。
(今となっては懐かしい思い出(笑))

それに、いつの頃からかライブはいつでも見れる
と思うようになっていたのかもしれない。
ライブを楽しめるって凄く贅沢な事だったのに。
ある日を境にASKAさんが表舞台から消えるまで
その事に気づけなかった。
人生二度目、私の中から音楽が消える時まで。

数年してASKAさんがステージに戻ってきた時、
「一応」ファンだったので復活後初のビルボード
クラッシクによるプレミアム・シンフォニック
コンサートは行ってみた。

大好きだった曲のイントロがオーケストラに
よって演奏し始められた時、私はやっぱり、
この人の作る音楽がずっと好きだったと思い
知らされた。

不思議とASKAさんの音楽を聴くと数十年前の
事でも鮮明に街の光景だけでなくその日の
風の薫り、風が肌に触れた感触まで思い出ささ
れる。
まるで魔法みたい。
凄い力を持った楽曲たち。。。

オーケストラの演奏を聴きながら、初めて
ASKAさんの曲に心打たれた数十年前の日を
思い出し、今、また前を向いて歩いていこう
としているこの人を応援し続けようと決めた。

自分の心に素直になって好きなものは好きって
言おうって決めた。
それは、私の中に音楽が戻ってきた日だった。

追記:2019年から今年にかけて、あんなに
仕事が忙しくなるとは予想外でした。
自由奔放な海外からのVIPのおもてなしは
神経が磨り減ることばかり。
でも、ASKAさんのライブがあったから乗り
切れました。
毎月、一番大変な仕事を乗り越えては場所に
拘らずライブに行きました。
また、ASKAさんにいっぱい支えて貰いました。
やっぱり大好きなアーティスト、音楽は沢山の
力をくれるって再認識。
そして、新型コロナで「ライブ」はとても
貴重な時間だったと思うばかりです。

KANA